Memories of Alice


「記憶喪失??」

傷ついた手塚を肩に背負い、ベンチへと戻ってきた不二は、思いがけないことを聞かされ、驚きに目をしばたいた。

 「記憶喪失・・・って越前が!?」 

 「うん、そうらしいんだ。」

困ったように眉を寄せる大石の背中ごしにひょっこりと顔をのぞかせたのは確かにリョーマだったが、目が合った瞬間、まるで違う彼の雰囲気に不二は固まる。

 「え・・・ちぜん・・・?」

何か言わなくては、と彼に呼びかけた声はやけにぎこちなく、それに気づいたのか気づかなかったのか、軽く目を見開き自分に向かって素直そうに頭を下げるリョーマに不二はその先の言葉を失った・・・

 

 「・・・あ・・・」

無意識のうちにため息をついてしまい、はっと我に返れば周囲の目が心配そうに自分を見ていることに気づき、決まり悪くなった不二はちょっとごめん、と声をかけておいてそっとその場を抜け出した。

 “参ったなぁ・・・”

勝利のために必死で戦っている仲間の応援にすら集中できない自分に苦笑いしつつ不二は手近なベンチに腰掛けた。

それほど物事に動じるタイプではないと思っていたが、さすがにこの展開には頭がついていけないようだ。

空を仰ぎ、降り注ぐ日の光に目を細め、どう頭を整理しようかと考えていると、

 「あの・・・」

 「・・・え・・・」

不意に傍らから声をかけられ、振り返った不二は驚きに目をしばたいた。

 「越前・・・」 

「・・・えっと・・・」

どうやら自分を追いかけてきてくれたようだが、どう声をかけていいのか戸惑っているらしいリョーマはやっぱり自分の知らない彼で、不二は言いようのない不安に襲われる。

 「ねぇ、君、本当にみんな忘れちゃったの?」 

 「・・・すみません・・・」

自分のことくらい覚えていてくれるのでは・・・と一抹の期待を抱いてそう問いかけたのだが、少しの間の後、本当に申し訳なさそうに小さく謝ったリョーマに不二は眉を寄せた。

 「・・・そう・・・」

決勝まで進んだご褒美がほしい・・・とねだられて体を交えたのはつい数日前のことなのに・・・と胸をふさがれるような気持ちで俯けば、慌てたようにリョーマが不二の肩に手を触れてくる。  

「越前・・・」

顔を上げれば、心配そうに自分を見つめるその瞳。

その肩から伝わる手のぬくもりも、声のトーンも何も変わっていないのに、このリョーマの胸には自分はいない・・・そう思うとたまらないほど苦しくなって。

 「もう、馬鹿越前!馬鹿馬鹿馬鹿っ!!」

不意にこみ上げてきた感情のままに不二は子供のようにリョーマの胸倉をばたばたと叩いた。

 「っ!!せ、先輩・・・?」

「どうしてみんな忘れちゃったのさ!?」

あんなに好きだと言ってくれたくせに、大事だと言ってくれたくせに、すぐに彼の中から消えうせてしまう存在の自分が悔しくて、すがるようにリョーマの胸元を掴み、不二は俯く。

・・・と、その手をそっと包むように掴まれ、顔を上げれば、リョーマが神妙な顔をして不二を見つめていた。

 「・・・ごめん・・・」

「・・・え・・・?」

「ごめん、思い出せなくて。でも、きっと、きっと思い出します。だから・・・だからそんな顔しないで下さい。」

 「・・・え・・・?」

「あなたにそんな顔をされると・・・何だか悲しくなります。」

・・・自分が所属していたというテニス部のチームメイトと言われる人達に囲まれつつ、でも誰一人思い出せない中、不思議とこの人が自分の視線を引いた。

初めは際立って美しい容姿と雰囲気のせいだとも思ったのだが、何かが心に引っかかり、気づけば彼を目で追っていて、そして席を立った彼を夢中で追いかけていた。

・・・でも、こうして向かい合っても何も覚えていない。何を話していいのかすらわからない。

もっと大切な、伝えなければならない何かがあるように思うのに・・・

 ・・・越前・・・

まるで途方にくれた子供のような顔をしているリョーマに不二は目を見張り、ふっと眉を寄せる。

 「・・・越前・・・」

不二はゆっくりと息を吐き出すとそっと手を伸ばし、リョーマの頬に指を触れる。

 「ごめんね。」 

「・・・え・・・」

「ごめん。今の状況に一番戸惑っているのは君なのにね。」

・・・恋人としての自分を忘れたままのリョーマにどう接していけばいいのか混乱している。そしてそれが自分からこんなにも冷静さを奪っている。

改めてこの小さな後輩を自分がどれだけ思っているかを知らされた気がし、不二は苦笑した。

 「僕も君がそんな顔をしてたら悲しいよ?」

「・・・先輩・・・」

 「元気、出してくれないかな??」

そう言って自分に微笑んでみせる不二の顔はとても綺麗で。

その美しさに、何もかも忘れてしまっているはずなのに、何故かこの人が気にかかる訳がわかったような気がして、そしてもっとそんな記憶を取り戻したくて、リョーマは手がかりを求めるかのようにじっとその顔を見つめる。

「ボクは・・・どんな後輩だったんですか?」

 「え?」

 「あなたにとってボクはどんな後輩だったんですか?」

 「越前?」

いつの間にか背中に回されていたリョーマの腕に力がこもるのを感じ、不二は目をしばたく。

 「どんなことでもいい。教えてくれませんか?」

「教えて、って言われても・・・」

リョーマに真剣なまなざしを向けられた不二は戸惑い、一瞬、口ごもる。

「そう・・・だね・・・君とは仲は悪くなかったよ・・・たぶんね。」

「たぶん・・・って?」

 「だって・・・僕だけがそう思っていただけかもしれないからね。」

たぶん、誰よりも大切に思ってくれていたと思う、その言葉をかろうじて飲み込んで不二は笑顔を作る。

 きっと本当の自分達の関係を伝えたら混乱するだろう。

自分に向けられるリョーマの無垢な瞳にどこかで胸の痛みを覚えつつ不二は彼を見つめる。

「君と仲がよかったって事では君を迎えに行った桃の方が当たっているかもしれないけど。」

 「あの人は・・・違う。」

 「え?」

「あの人は・・・なんて言うかその・・・ボクと仲が悪いとかそういう事を言いたいんじゃなくって・・・あなたとは違う気がするんです。」

何を伝えたいのか、頭をかきながらリョーマは一生懸命言葉を捜しているようだ。

「不二・・・先輩。」

 「?なあに??」

 「もっと教えて下さい、あなたの事を。」

「・・・え・・・」

「あなたの事が知りたいんです。もっともっと。」

「・・・僕の・・・事?」

思いがけない方向に飛んだリョーマの言葉に不二は目を丸くする。

 「どうして僕の事なの?」

 「どうして・・・って言われても・・・」

自分でも何故こんな事を不二に言っているのかがわからない。でも戸惑う反面、その感情を抑えることができなくて、リョーマはその瞳に力をこめつつ不二を伺う。

「ダメ・・・ですか・・・?」

自分の発言に驚いたのか沈黙してしまっている不二にためらいがちにそう聞けば、彼は軽く目を見開いた後、ゆっくりと笑った。

「・・・知りたいのなら探して?」

「・・・え・・・」

 「そんなに僕の事が知りたいのなら、まず君の中にいる僕を探して?」

何もかも忘れていると言ったリョーマが無意識ながらも自分を求めようとしてくれている。そんな彼に先ほどの絶望が喜びへと変わっていくのを感じつつ、不二は静かにそう告げる。

「先輩・・・」

「きっと思い出すって言ってくれたのは嘘なの?」

 「そ・・・れは・・・」

先ほどの言葉の揚げ足を取られ、言いよどむリョーマに手を伸ばし、不二はもう一度その頬に手を触れさせる。

「僕もね、知りたいんだ。君の中の僕の存在がどれだけのものなのか。」

「・・・え・・・」

「それに、みんなの事も、テニスの事も、このまま君が何も思い出してくれないのはやっぱり悔しいし?」

 小首を傾げるようにして自分を見上げる不二にどぎまぎしながらリョーマが言葉を捜していると、彼はふっとその表情を改めた。

 「今日のこの試合はたぶんみんなで戦える最後のものになるだろう。だから・・・勝ちたい。何としても。それには君の力がどうしても必要なんだ。」

「先輩・・・」

 「お願いだ、力を貸してよ、越前。みんなのために、そして僕のために。」

 「・・・あ・・・」

そう言って自分を見つめる不二の瞳のまっすぐさにリョーマは軽く息を呑む。

・・・本当に自分にそんな力があるのだろうか?

この人のためなら何でもしたいと思う。

でも自分が何者かもわからず、まして何ができるかもわからないこの状態で、どう言葉を返していいのか戸惑っていると、そんな気持ちを察したかのように不二がゆっくりと微笑った。

「できるよ、君なら。だって君は王子様なんだから。」

そう、君は僕を長いまどろみから目覚めさせた王子様。

僕が今まで意識もせず、越えるつもりもなかった壁を越えてみたいと思えるようになったのも、何物にも揺るがず、触れられる事のなかった僕自身をいとも簡単にひっくり返してしまったのも、冠ならぬキャップを被り、剣の代わりにラケットを握った小さな、でも勇ましい王子様に出会ったから。

大きな目を一杯に見張り、こちらを見つめる今の君は愛らしく、まるでお姫様のようだけれど、と不二は小さく笑う。

「君の眠りを覚まさせるにはどうしたらいいんだろうね?」

いったい何がきっかけで君は目を覚ましてくれるんだろう。

いつもの君なら助けなんか待たずに茨なんか踏み越してしまうんだろうけれど。

小首をかしげて自分を見るリョーマにちょっと笑うと、不二は彼の肩に手をかけて立ち上がる。

 「!・・・あ・・・」

「・・・やっぱりおとぎ話の真似じゃ駄目かな?」

立ち上がりざま彼の頬に軽く唇を押し当てれば、一瞬の間の後、小さく声を上げ、頬を手で押さえた彼に不二はいたずらっぽく笑う。

「だって眠り姫にはキスがセオリーだろ?」

 「〜〜〜っ!」

「へぇ、君もそんな顔するんだね??」

自分の言葉に真っ赤になってしまったリョーマに新鮮な驚きを覚え、不二はくすくすと笑う。

こんな彼も悪くないかも・・・とキャップ越しにリョーマの頭を撫でれば嫌がるようにかぶりを振った彼に不二は目を見開き、そして目を細める。

「・・・今からの僕の試合、君に捧げるよ。」

「・・・え・・・」

「きっと勝ってみせる、僕のプライドにかけて。」

驚いたように目を見張って自分を見上げたリョーマに、

「だってキスが効かなきゃ僕にはテニスしか残っていないからね。」

そうおどけた口調で続けると、不二は歓声の聞こえるコートを振り返る。

君と初めて出会った場所。君と共有する確かな証。

君がその証と存在で僕の世界を揺るがしたように、僕も君にとってそうでありたい、そう思うのはおこがましいかもしれないけれど。

「・・・僕は君の王子様になれるかな・・・?」

「え・・・?」

 「・・・何でもないよ。」

彼の眠りを覚まさせたい王子候補はそれこそ山ほどいるだろうな、と内心苦笑しつつ小さな恋人には綺麗に笑いかけて。

「さぁ、そろそろ戻ろうか。みんなが心配してるといけないから。」

自分の言葉に戸惑うような目をしているリョーマに不二はちょっと笑ってきびすを返す。

 これ以上彼を見ていたら要らないことを口走ってしまいそうで。 

「あ、ま、待ってください!」

 「・・・あ・・・」

歩き出した自分の傍に慌てて駆け寄ってきた彼が、不意に自分の手を握り締めてきたのに驚いて、不二はリョーマを振り返る。

 「・・・あ・・・」

それは無意識のうちの行動のようで、律儀にもその手を握ったまま戸惑っているリョーマに不二はゆっくりと微笑むと、自分の指を彼の指へと絡ませる。

 「・・・一緒に行こうか?」

 「・・・はいっ。」

嬉しそうな返事と共に自分の手を握りかえしてきたリョーマに、ひそかな喜びを覚えつつ、

不二の気持ちは彼に捧げる新たな試合へと向かっていた。

 

 

 

結局悩んで悩んで悩んでこれかよ;;; でももうこれ以上おいておいたら腐るし;;;

これからひと悶着あって、あの“・・・不二先輩・・・”のリョーマの台詞に繋がるんですね(笑)

その謎解き部分の…と言ってもただの対した事ない妄想なんですが、リョーマバージョンもネタと

してあるんですけど書けたら書きますね。

タイトルは私の大好きなアーティストのナンバーまんまです。

とってもシリアスなナンバーなんですけどね;;;

それではお目汚しまことに失礼でした!